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2013年2月12日火曜日

「つなぐ」と「つながる」の試みが進む






泉玉露応急仮設住宅での餅つき以来、鳴りを潜めているウシトラ旅団。
実は鳴りは潜めてても、これからけっこう大きなプランをいくつか進めるために、あちこちウロウロしているのであります。

そんな中で感じるのは、福島の人々同士の結びつき、そこと私たちボランティアやら支援者との結びつきを作っていこう、という新たな試みが始まっていることです。
その動きに関わりあることを、まず、「お知らせ」

★とみおか未来会議、郡山で開催(2月16日)

「とみおか子ども未来ネットワーク」からの以下の呼びかけが行われています。
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『「とみおか未来会議」~私たちの本当の声を行政に届けよう~』を福島県郡山市で開催!

私たちは、東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故により避難生活を強いられている福島県富岡町の町民で結成した市民団体です。
全国47都道府県に離れ離れになった町民の声、想いを集約しながら、“真の復興”を考える活動を全国各地で展開しております。

きたる2月16日、震災からまもなく2年、団体の発足から1年をむかえるこのタイミングで、これまで各地で重ねてきたタウンミーティングの集大成として、福島県郡山市で「とみおか未来会議」を開催します。

富岡町のみんなの不安・本音・希望を分かちあい、公開討論会というカタチで、町や国に直接伝えるために。
一丸となって、「これから」を考え、踏み出すための建設的な議論の場を作るために。

富岡町民を中心に、行政関係者の方、メディア関係者の方、
様々な立場の皆さまのご来場をお待ちしております。

日時:平成25年2月16日(土)13:00開場、14:00開始
場所:福島県郡山市 ビックパレットふくしま コンベンションホールA
登壇者:復興大臣 根本 匠(ご登壇依頼を交渉中)
   :環境大臣 石原 伸晃(ご登壇依頼を交渉中)
   :富岡町町長 遠藤 勝也
   :富岡町議会議長 宮本 皓一
   :社会学広域避難研究会富岡班 佐藤 彰彦
   :とみおか子ども未来ネットワークより
コーディネーター:元TBSキャスター 下村 健一
入場無料
お問い合わせ先:090-1068-9545/info@t-c-f.net
担当 市村まで
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とみおか子ども未来ネットワークは、富岡町の40代の人々が中心になっている団体です。
彼らは、避難先のなれない生活のなかで「先祖のお墓に入れないのか。いつ帰れるのか?」という老いていく親を抱え、一方で「子供の健康を考えれば、警戒区域が解除されても帰っていいものなのか?」と、親としての苦悩に引き裂かれている世代です。


タウンミーティング in 飯田橋 「オープン」会議


この2年間、彼らは富岡町の人々が心を開いて語れる場を作る活動をたゆまずにやって来ました。派手ではなく、大きな声も出さず、けれど、富岡町の人々を確実につないでいく努力をしてきたのでした。
代表の市村さんが自ら語るように
「どうして、こんなことになっているのか? どうして事態が進まないままなのか? 分からない」状況が続いています。
そこで、整理された「言葉」が出てくるのは難しいこと。

彼らがやってきた「タウンミーティング」は、まず富岡町の人々だけの「クローズド」の語り合い、その後に町民以外の人々も話に参加できる「オープン」の場で、出てきた話を共有して深まりを目指す、とやり方でした。
こうして町民の声をすくい上げてきた彼らは、次の土曜日に、いよいよ政府にその声をぶつけるところにきたのです。




富岡町の町長はすでにこの「未来会議」への出席を表明しています。
環境大臣の石原クンも、復興相の根本サンも、ぜひ出てきて富岡町の声にしっかり向き合ってほしいと願うのであります。

飯田橋でのタウンミーティングの前日に行われた、メディアに向けてお「情報共有会議」
こちらは、かなり踏み込んだ分析や意見がたくさん出た。



★いわきの「未来会議」

よく似た試みがいわきでも開催されました。
富岡のタウンミーティングとは少しだけ違うのですが、進め方の基本はほぼ同じ。
どうやらこのスタイルの会議(というより「語り合い」)の有効性の認識がかなり浸透しているようです。
ワークショップと呼ばれてきた「フリートーク」やら「ブレスト」のバリエーションにもみえますが、「まずは相手の言うことをすべて肯定する」ことが基本のルールになっています。

旅団長個人は「こういうのって、苦手だなぁ」なのでありますが、しかし、言葉を変えて言えば ♪知らぬ同士が小皿叩いて、チャンチキおけさ…でもあるのです。
いわきの「未来会議」は最初はなんだか共通点のありそうな人を集めて、自己紹介込みのフリートーク。
出入り自由、菓子を食い、お茶を飲んで…ということで始まりました。
わたくしが入れられたのは、毎週金曜日にいわき駅頭で原発問題で声を上げている人たちのグループでした。
そんなハメになったのも、この未来会議の紹介者が駅前アクションの人だったから、という以上の理由はなかったのです。


でも、このテーブルにいた人たちもお互いに顔見知り程度の間柄なのでした。
そういう形で駅前アクションが進行しているのもいいし、話を聞いてみると
「こどもが心配なので避難させて自分一人がいわきに残っている」や
「薪ストーブなんですけど、濃縮で高濃度。こうなると市も引き取ってくれないんです」
「仮設の手伝いに行こうとしたのだけど、どう入って行ったらいいのか分からなくて」
といった話が出てくるのでありました。

分けられたグループのテーブルは12,3も。そこに大きなテーブルクロスよろしく模造紙がかぶせてあり、「思ったこと、出てきた話、どんどんお書き」なのです。
やがて、それぞれのグループはバラされて、自分の興味のあるテーマコピーを掲げて、御仲間探しの旅へ出て行くことに。
その旅先の出会った人に、さっき話していたことを「十分ではなく、好き勝手に」伝えろというわけです。

ちょっと笑える旅先の出会いがありました。
私は「つなぐ」と大書し、被災者と市民をつなぐ、仮設同士をつなぐ、双葉郡と東京をつなぐ…、なんて札を掲げておりました。
やがて「つながる」を掲げる人と遭遇。
富岡インサイドを主催する平山さんでありました。
互いに名前は知っているけれど、面識なし。笑い出しながら
「一度、お会いしたいと思っていたのです」という挨拶になりました。



『いわきの30年後の将来にわたしが関わりたいこと』というテーマに絞り込んでいくことになっていたらしく、それぞれのグループごとにまとめられた最後のおもしろい「発表」となりました。

それを聞きながら、わたしのほうは「『いわきの30年』と提出されたときに、その語り合いの意識の内に双葉郡は入っているのだろうか」という思いが去りません。
いまも市民と双葉郡からの避難者との軋轢が言われているけれど、将来の希望を支え上げていくにも、現実的な暮らしの問題としてもある、いわき市民と双葉郡町民が一緒に歩むしかない「30年」に違いないのですから。
いわきでは、ワールドカフェが定期的、持続的に行われる予定になっています。

それにしても、さまざまな位相で語り合うことが必要で、それがすでに始まっていることに意味があるように思います。
人をつなぎ、つながり合っていく過程です。
おじさんたちには、なかなかついていくのが大変ですが、このような試みは大いに参考になります。


その過程で作られていく関係は重層的であればあるほどいい。
そんな気がするのであります。

                               ★旅団長





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