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2013年11月8日金曜日

11月4日「福一原発問題肉薄ツァー」(1)


11月4日の「福一原発問題肉薄ツァー」はまたしても(思いがけずの)大規模なものになりました。おかげで(思いもよらぬ)成功をもたらしてくれました。
 もともと「肉薄ツァー」はウシトラ旅団による、福島県浜通り視察と勉強会を兼ねた企画です。これが、お友達のいる諸団体との共同の試みになっています。
今回は、「被曝労働を考えるネットワーク」「脱原発荒川の会」、「ウシトラ旅団」三者による共同開催としました。

今回のツァーの言い出しっぺは「被曝労働を考えるネットワーク」に関わっている山谷の労働者の方々でした。
山谷で日雇い労働をしていた人たちの中から、除染や原発で働くために福島の浜通りへと行った人もいますし、実は、原発が作られる前から山谷は福島県の浜通りや会津地方の人々と関係が深いようです。
いまは数次にわたる下請けの日雇い労働者が浜通りに入っています。その人々の健康や待遇について、真剣に取り組まなければならない状況です。そのためにとにかく浜通りの現状を視察しなければというわけでした。

そこに荒川区地域で脱原発運動や、福島につながろうとする運動をやってきた「脱原発荒川の会」が応えてくれたのです。
ウシトラ旅団はひたすら現地とのコーディネートです。
ガイド役を探し、視察コースを選定し、交流勉強会の内容にあった講師の心当たりに連絡を取りという作業です。
それでも「行くよ!」といえば、ウシトラ旅団がこれまで関係を作ってきた人々が「俺も連れて行け」「わたしもお願い」という具合で、あっという間に用意したマイクロバスは定員に達し、急遽、もう一台を用意しました。


富岡町へ。タイベックスや手袋などをいただいて、視察地へ向います。

そんなところへ、全労協という労働組合の団体が交流勉強会に合流させろ、というご要求。全労協女性委員会の人たちが前日、郡山で年一回の会議をやって、その後に浜通りに入るプランで動いていたのだそうです。
あちらの現地ガイドは、富岡町から郡山に避難しているTさんと、会津若松にいる大熊町の木幡ますみさんとか。
あららら、マスミンはまたここでも動いているか。んなら、断るわけにもいきません。

日暮里駅前からのマイクロバス2台、ドライバーはわがウシトラ旅団のミヤシタ車両長、もうひとりは練馬で福島の子供たちを呼んで保養活動をやっているグループの伊丹さん。
高速道路の運転だけでなく、現地の細い道に分け入ってからのUターン、崩れかけた崖の上の微速前進、どちらも見事な運転、安定感があります。私たちを安全に運んでくれました。


津波被害そのままの富岡駅で西山さんの説明。
高校時代はここから通うなど、毎日使った駅だったそう。

ガイドは、ウシトラ旅団が入り続けている泉玉露仮設住宅の西山さんと堀内さんにお願いしました。もちろん、二人とも富岡町民です。
広野インターチェンジを降りたところで待ち合わせたら、あら嬉しや。堀内さんが二日前に視察最適地を探してくれていました。
中でも、思いがけず大熊町にも連れて行く、第2原発が望めて富岡の町も一望できる場にも案内してくれる、というのです。
富丘駅前。「このお店はおいしい魚を食べさせてくれたところだったんですよ」(西山さん)

堀内さんは「これから大熊町に向かい、最後はこの左手の岬の突端に案内するかんね。あそこから、第2原発も、富岡町の街中も一望できっから」と指差します。


★大熊町へ
大熊町で、入れるところがあるという話で向いました。
確か、大川原地区のはずです。
車からは降りずに、車止めのあるところ、ぎりぎりまで行きました。
さすがに、これまで通ってきたところより、空間線量が高い。


「こんな町にしたものを処罰しろ!」と大熊町町長よ、なぜ言わない
試験除染と言われていましたが、ここがそれにあたるのでしょうか。山林はいくら除染しても無駄、というのがすでに大方の意見です。
事故を起こした第一原発があった大熊町は、ほとんどの人たちがたとえ政府主導の区分わけ(20ミリシーベルト/年)に従っても帰還できない壊滅状況というべき状況です。
それでも、除染作業は続いています。



お屋敷といいたくなるりっぱな家の前に、柿の実がたわわに実り、いいところだったろうなぁと思う集落に、除染作業らしき人だけがいます。生活の気配がまったくしません。

えい、ものはついでだ。
この日、会津若松の避難先からガイドの一人としてやってきていた、木幡ますみさんがテレビ朝日「朝まで生テレビ」で語った内容をくっつけておきます。(書き起こした人ありがとう)。

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「今日もね、私の所に避難者から電話が来て『私は死にたいっ』ていうから、
『死んでダメなんだよ、何言ってんの』って、怒ってきたんですけれど‥‥。(注・賠償も先の暮らしも見えてこない被災者は、こんな気持ちでいます)

高線量の、例えば大熊町とか、実験的に除染をやりますからって言われて、なんか今回除染した金額が1億5000万円だったみたいなんですよね。
私は無駄な金は使ってほしくないって。
みなさん先ほどからお金のこと言っているでしょ、(注・金がかかるから避難させられないという主張)なんでそんな高線量の所をわざわざ除染して、それは実験ですか?って思うんですよね。
本当に高線量の所に、除染のお金を1億5千万円も使うんだったら、そんなの無駄だから、そういういところは全部切り捨てて、除染をしないで、別の所に住むようにきちんと復興住宅を作るとか、賠償をきちんとするとか。

たとえば私の家は、だいたい1千坪あるんですよね。家屋が3軒あるんですけれど、私の賠償は、1軒の家が70万円なんですよ。土地と家で。70万円で何が建てられる?って思うんですけれども、やっぱりね、もうちょっと高くしてもらえれば。
復興住宅なんかも早く作ってもらえれば、帰る必要もないし、経済的にっていうんだったら、今いるところで働いて、お金を生み出して、税金を払う、これが国のためにはいいんじゃないかと非常に思うんですよね。
わざわざ高いところの線量を落とす必要はありません。
そして、そのために、仮置き場を作る、そしてそれによってお金を出す、こういう無駄なことはもういらないって、私だけじゃないですよ、住民はみんなほとんど言ってます。
だから線量の高いところはやめて、実際に住民が住んでいるところは、除染と言っても消えるものではありませんけれども、移染なんですけれど、それは木の葉をとるとかして。

あと、先程からお金かかるお金かかるって言うけれども、お金をかかるようにしたのは誰なんですか!
原発を作って、そのようにした人たちは誰なんですか!
私たちが望んだわけではないんですよ。
それなのに、そんなのお金かかるから、お金かかるからなんて話はないんですよ。
はっきりいって、ふざけてるんじゃないって、私は思いますよ。

私たちは原発の犠牲者ですよ。
私は原発がしたくて原発の所に来たんじゃないんです。
農業がやりたくて大熊に来たんです。
だから、高線量の所はもうやらないで、人が住んでいるところを除染して、
それでも、私の子供はこれでだめだという人には、保養をさせてほしいと思います。
それのために、やっぱり被災者支援法じゃないですけれども、子どもを育み・育てる。
これが国家の、これからのためになるんじゃないですか。子供を産み育てることが。
子供を産み育てられない社会なんて、みんな嫌になってしまいますよ。
死にたくなってしまいますよ。

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車止めでUターンして、富岡町へと戻りました。
途中、話に聞いていたイノシシがバスの前を横切り、草が伸び放題の畑へと姿を消していきました。

富岡のお話は、また、次回に。

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